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特 集 (B) 『満州のきおく』


戦前~終戦までの満州での暮らし



 想像してみてください。大切な子供と離れ離れにならざるをえなかった人々の辛さを。



皆さんは、中国残留日本人孤児という言葉を知っていますか?
ご年配の方なら、この言葉のもつ悲しさや意味を知っておられるはずです。
昭和初期、日本は中国に軍事侵略をし、1932年に満州国を設立しました。
満州には、日本と同じ教育が受けられる小学校や中学校もあり、首都新京は賑やかな街であったとされています。

昭和20年8月、対日参戦したソ連軍に占領され、満州国は消滅します。


それまでの生活が一変し、人々は日本への帰国を余儀なくされます。しかし、乳飲み子や幼な子は、
日本に帰るまでの命の安全が確保できない等の理由で、現地の人に託し、
中国で育てられました。この子供たちが中国残留日本人孤児と言われます。

可愛い我が子を、中国に置いて帰らざるを得ない、この苦渋の決断。

さらには、ソ連に強制連行され、シベリアの極寒の地で強制労働をさせられたあげく命を落としていった多くの人々。

本当の辛さ・哀しみを、私たちは歴史から学ぶことができているのでしょうか?

     


     
 (B)『満州のきおく』

    絵と文章で綴る、満州での生活

渡満~終戦~帰国後の
暮らしを綴った本


『満州のきおく』
著者  藤田 緋沙子
A4サイズ 並製本 本文146ぺージ




特筆すべき本書の特長

満洲国(現在の遼寧省・吉林省・黒竜省と内蒙古及び
熱河省)は、日本が満州事変の後に占領し、
傀儡国家として1932年に建国した国です。

著者の藤田緋沙子さんは、
1933年、5歳の時に家族で満州に渡ります。

それから1945年の敗戦までを過ごし、
命からがら日本に帰国するまでの日々を、
絵と文章で綴っています。

当時の生活がわかりやすく描かれています。

第27会日本自費出版文化賞 入選作


 


 


緋沙子5歳、満州の地へ

 



昭和6年 戦時下ながら穏やかな暮らし

 

 



太平洋戦争(大東亜戦争) 勃発




ソ連が日ソ中立条約を破棄し満州に進行




逃げまどう疎開生活
北朝鮮に避難する列車にもアメリカ軍が襲い掛かる




引き揚げ船の出るコロ島に向かう列車の中
緋沙子の「もう二度とこんなところに来るもんか」の叫びが当時の苦境を表現している


続きは、『本書』をご覧ください。


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